真ん中の畑、植え替え!
今年最初(厳密にはふたつ目ですが)の記事は、「真ん中の畑」の植え替えについてです。
真ん中の畑に植わっている栗の木は、当園の三枚ある栗畑のうち、一番の古木でした。
古木なりに毎年頑張って実をつけてくれていましたが、去年、今までに経験したことがないほどの不作に見舞われ、
もう栗の木も限界、果樹としては寿命なんだろう…という話になっているのは、
去年の収穫記事にも書いたように思います。
去年の大不作は、毎年、植え替えないかんけどなあ…大変やしなあ…と、燻っていた父(と家族)の心に炎を燃やしました。
「もう絶対植え替える」と、固く心を決めた父(と家族)は、この正月、人手が増える頃合いを見計らって、もともと植わっていた木の採伐にとりかかったのです。
下の写真は、伐採前の真ん中の畑。大きな木がたくさん植わっているのがわかります。
次の写真は、伐採作業開始後。
チェーンソーとノコギリを駆使して、まずは枝から落とします。
木の幹は太くて、大きなチェーンソーでないと切れないので、とりあえず家にある道具で切れる範囲で切る、切る。
切った枝と幹は細分し、ストーブの薪にできそうなものは持って帰り、細かいものは畑で燃やしました。
下の写真は、一本の木で、切った前と後で撮ったものです。切る前↓
切った後↓
根元の大きな幹以外、見事に切られてますよね。(登場しているのは作業中の父と弟です)
ここまではチェーンソーの仕事で、ここから先はノコギリとナタ、あるいは足でバキッと踏み、処理できる大きさに分解していきます。これがけっこう人手と労力がかかるんですよねえ。
日本昔話に出てくる「おじいさんは山にしばかりに」、
その「しばかり」は、この、枝を細かくする作業あたりのことをいうんじゃないのかなあ。
だとしたら、おじいさんが持って帰った枝はどれも小さなもので、すぐ燃えちゃって、料理するのも大変だったんじゃないだろうか…とか、そんなことばかり考えながら、黙々と枝を細かくしておりました。
(単純作業なので、そんな想像ばかりがやたら頭を巡ります…)
私が熊本にいた正月は、作業はここまでで、
ただ、その後、畑は完全に伐採を終わらせ、もう新しい苗も植えたとのこと。
写真が送られてきましたので載せますね!
枝を払った畑はこんな感じ↓
大型のチェーンソーを使って(父の知り合いに使い手がいるらしく、出張してきてくれたそうです)、
きれいになった畑がこちら↓
なにもない…!
ほんとにすごい。木が生い茂った畑を見慣れていたから余計に、スッキリ具合が凄いです。
写真は切った後までですが、この後、新しい苗木を植えたそう。
またその写真は、苗木が芽吹いたあたりでお披露目できたらと思います。
長い間、栗園に恵みをもたらしてくれた栗の木を切ってしまうのは、やっぱりとても心が痛みましたが、
代替わりしてみると、前の畑の木も、その魂みたいなものが、新しい畑に引き継がれているな、と、実感として思いました。
畑に気配を感じるんですよね、…うまく説明はできないんですが。。
畑とはそんなものなのかもしれないな、と思いました。
そこにはなくても、そこでずっと育ってきた全てのものの気配が宿っているというか、
農家はそういうものに後押しされて、次の実りを目指すんだろうな、
新しい収穫に向けて頑張っていきたいと思っています。
上の畑は、植え替えて7年目、ようやく栗の実をしっかりつけ始めたところです。
真ん中の畑も、収穫までそれくらいはかかるかな…と思っていたのですが、
現地の農協の方曰く「可愛がれば3年で実がなりますよ」とのこと。
やっぱり、桃栗3年というのはほんとだったのか…!
(正直ウソだと思ってましたスミマセン…)
上の畑はかなり放置していたからなあ…と反省しきり。
丹精込めて、三年後には実をつけてもらわねばです。